―[モラハラ夫の反省文]―
DV・モラハラ加害者が、 愛と配慮のある関係を作る力を身につけるための学びのコミュニティ 「GADHA」を主宰しているえいなかと申します。コミュニティには女性もいて、パートナー男性への加害について相談を受けることも多くあります。今回はそんな中から一例です。
Aさんの相談は、「今日スマホの音声に合わせて一階で運動してたんです。早朝に。そしたら二階で寝ていた夫がうるさい、っていって起きてきて文句を言うんです。私、中年になって体調も悪い日が多くて。早起きや運動はいいことなのに、夫はわかってくれず、不機嫌なまま、挨拶もせず出勤していきました。最近は会話も少なくなってしまって……私が悪いのでしょうか?」というものでした。
自分の趣味や活動を理解してくれないという悩みにも見えますが、今回はこのケースを深堀していきます。
Aさんにとって運動はもちろん良いことですが、同じ住宅内では結構な物音になってしまい、まだ寝ていたかったパートナーを起こしてしまう結果になりました。
彼女は「私は正しいことをしているんだから、夫は少しくらいうるさいのは我慢すべき」という考えから離れられず、夫の「ゆっくり寝たい」という気持ちを汲み取ることができていません。
さらに、「うるさい(から静かにして)」というニーズの表明に対しても、逆に「文句を言われた」と攻めてしまいました。「不機嫌で挨拶もせずでかけた」と、むしろ相手を悪者にしてしまいました。ケアが足らないばかりか、攻撃してしまったのです。
僕はAさんに音を立てるのはわかっていたはずなのに、なぜイヤホンを使ったり、時間をずらしたりするなどの工夫をしなかったか聞いてみました。
「私は朝型なので早朝にやると調子がいいんです」とAさんが答えます。しかし、本人もそれが答えになっていないことを自覚しているのか、しばらく経ってAさんは、「私わざとやってたのかもしれません」と打ち明けてくれました。
「夫が出かけた後なら、音を立ててもかまわないのに、実は在宅中、それも寝ているときに聞こえよがしにやっていたのかも」と。
◆本当は夫と楽しい時間を共有したかった妻の思い
僕は、「相手に本当は何を伝えたかったんだと思いますか?」と尋ねました。すると……。
「私、本当は主人と買い物とかに出かけたりしたかったんです。でも、これまで誘っても断られたり無視されたりしたことが多くありました。唯一主人が行きたがるのは、外食ですが、これは主人がお酒をたくさん飲んで私が面倒を見る羽目になるので、断ってたんです。そんなこんなで噛み合わず、最近は私、一人で何でもやるからいいと意固地になってたんです」
もっと会話したい、一緒に楽しい時間を過ごしたいというニーズがあったこと、それが満たされないからこそ、わかりづらい形で相手に不満を示していたことに、最近少しずつ気づき始めてきたとAさんは言います。
ニーズを伝えなかったこともあり、この件で話し合いをすることもなく、パートナーは繁忙期やコロナを理由に、「疲れた」と言い、自分の書斎にこもることが増えていったそうです。
「私がお酒を飲む主人とは外食したくないのと同様、主人にも私と買い物や旅行に行きたくない気持ちがあったはずです。私はそこに、気づこうとしませんでした」
そもそも友人も少なく、近所づきあいもほとんどなく、職場でも浮いていて、常に寂しさを抱えていたAさん。その寂しさを感じないようにすることが夫への攻撃性になってしまった面もあるかも、と付け加えました。
Aさんには、親や先生に勉強や運動を頑張れば、ほめてもらえる、かまってもらえる、認めてもらえるという幼少期の体験があったそうです。だから、運動をすればパートナーにポジティブな声かけをしてもらえるかもしれない、という期待もあったそうです。
そのことに、AさんはGADHAに入ってはじめて気づくことができました。
「私の内心はどうあれ、就寝中に大きな音を立てたらただの騒音なんですよね。だからうるさいって起きてくるのは主人にとっては当たり前なんです。どうして素直に謝れなかったんだろう……」
Aさんは後悔の表情を浮かべていました。
◆誘うときは、断られる勇気も必要
Aさんには、気持ちの奥に「誰かと交流したい」、特に「パートナーと一緒に買い物や会話をしたい」というニーズがあります。しかし、それをうまく表現することができず、結果的には会話の少ない家庭を自ら作ってしまったのでした。
気まずい関係が続いている時にはなかなか勇気がいることではありますが、パートナーが休みの日に、おしゃべりしながら散歩に行こう、などと誘ってみるのもよかったかもしれません。もし仮に実現すれば、一緒に運動ができ会話もできて、一石二鳥です。
ただし、誘う時に気をつけなければいけないのは、一緒に行くかどうかを決めるのは相手だということ。相手には(当たり前のことなのですが)断る権利があります。断られた時に、怒ったり、逆に過度に落ち込んだりすることは、相手を傷つけたり、罪悪感を与えることになってしまいます。
「あなたと行きたい」ということと「でも、遠慮なく断ってもらって大丈夫」という2つのメッセージを両立できるようにすることが必要です。そのためには、相手に依頼する前に「断られた時には、その日をどんなふうに過ごすか」というプランBを持っておくこともよいかもしれません。プランBも楽しみなものであれば、どちらに転んでも大丈夫と思えるからです。
プランB、プランCといった風に、人生を楽しむための方法が多ければ多いほど、こういうときに自然体で相手を誘うことができるでしょう。そんなプランを持つためにはどうしたら良いでしょうか?
誰かと話しながら運動ができるようなコミュニティに参加してみるのも良いかもしれません。これまた勇気が必要ですが、いまはネットで調べてみれば、自分の住んでいる場所で色々な運動や趣味のコミュニティに出会うこともあります。
その中で、「加齢で体力が落ちちゃって」などと言えば、誰かが「そうなんだよ。年取るとあちこち悪くなると不安が増えちゃうわね。でもボチボチ一緒に運動しましょうね」という風に、誰かとちょっとしたことを分かち合える関係を作っていけるかもしれません。
「ああそうか、私だけじゃないんだ」と聞いてもらって感謝でき、共感してもらって気が晴れて少し楽しい気分が増えるかもしれません。そして、自分もまた、誰かの気持ちの共有に対して、ケアの姿勢で応じることができれば、お互いに居心地の良い関係になっていくはずです。
Aさんは上記のようなアイデアを聞いて、「コミュニケーション下手も克服したかったし……時間がかかるかもしれませんけど、やってみます」と晴れやかな表情を浮かべました。
◆もし、未成熟なコミュニケーションをとられて軽んじられたら?
<被害者かもしれないあなたへ>
今回のケースのように、相手に自分のニーズを伝えても無視されたり、軽んじられてしまうことがあります。それは「肉体的に殴る蹴る」、「言葉で罵る」というような典型的なDVやハラスメントと形は違えど、傷つくことです。
こういうことばかりが起きる場合には、傷ついたり、悲しんだり、怒ったりすることは自然なことです。このくらい大したことがないと思っているうちに、気づけば自分のことを大切にする方法を忘れてしまうかもしれません。
その繰り返しの中で、もしかしたらもっと重大な被害を受けているのに、それを自覚できていない可能性もあります。心当たりのある方は、DVやハラスメントについて調べてみると良いかもしれません。
<加害者かもしれないあなたへ>
自分の本当のニーズをうまく認めたり、伝えることができないがために、結果として未成熟なコミュニケーションによって人を傷つけてしまう人がたくさんいます。そして、その内容によってはモラハラや、DVと呼ばれる言動になることもよくあります。
全く無自覚なまま加害を続けて、別居や離婚という段になってようやく反省してもすでに積み重ねてきた加害によって相手に与えた傷は深く、関係修復ができないケースは多々あります。
今回のようなケースは一見、何気ない日常の中のエピソードのようですが、そこから自分の問題を見出して変わっていける人と、そうでない人の人生は大きく変わっていく可能性があります。
心当たりのある方は、モラハラやDVなどと検索してみてください。自分がやっていることが書いてあるなら、いまこそあなたが変わるチャンスかもしれません。
【えいなか】
DV・モラハラなど、人を傷つけておきながら自分は悪くないと考える「悪意のない加害者」の変容を目指すコミュニティ「GADHA」代表。自身もDV・モラハラ加害を行い、妻と離婚の危機を迎えた経験を持つ。加害者としての自覚を持ってカウンセリングを受け、自身もさまざまな関連知識を学習し、妻との気遣いあえる関係を再構築した。現在はそこで得られた知識を加害者変容理論としてまとめ、多くの加害者に届け、被害者が減ることを目指し活動中。大切な人を大切にする方法は学べる、人は変われると信じています。賛同下さる方は、ぜひGADHAの当事者会やプログラムにご参加ください。ツイッター:えいなか
―[モラハラ夫の反省文]―

(出典 news.nicovideo.jp)
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